夜泣きの始まり

息子が7ヶ月を迎える頃、ひどい「夜泣き」が始まりました。 一晩に4~5回起こされることが、三週間以上続いたのです。

文字に書くとたったこれだけのことですがが、もともと完全母乳による育児疲れで限界に近づいていた身体には、この寝不足の日々がまさに「地獄」の日々でした。

季節は春になったばかりでした。昼間は温かくても、夜は意外と寒い時期です。「ちょっと寒かったかな?」と思いながら息子にガーゼケットをかけてやり、添い乳でおっぱいをあげながら寝かせつけました。

私は完全母乳で育てていたので、寝かせつけはいつも添い乳でした。夜泣きが始まる前の夜の授乳リズムは、基本的に夜間に一回。ときどき朝方に泣かれてもう一回授乳をすることもありました。

だから最初の夜泣きのときも、当たり前のようにおっぱいをあげて寝かせつけました。

ところが、一時間ちょっとでまた息子は「わーん!!」と大声で泣き出しました。寝ぼけながら私はまた添い乳でおっぱいをあげました。しばらくして息子は寝てくれ、私もいつの間にか寝ていました。

再び息子の泣き声で目を覚まします。時計を見ると、さっきの授乳から30分しか経っていません。「どうしたんだろう」と不安になりました。「具合が悪いのかな」と熱を測ったり、「今度は暑すぎたかな」と半袖の肌着に変えてみたりしました。

そしてまた添い乳で寝かせつけようとしました。しかし息子は「ちょっと乳首を吸っては泣く」ことを繰り返しました。おそらく授乳間隔が近すぎるため、母乳があまり出なかったのでしょう。

それでも「いつかは寝てくれるはず」と添い乳を続けました。当時私は腰痛があったので、実は添い乳の体勢を維持するのがつらかった記憶があります。それでも抱っこをするよりは身体の負担が少ないので、添い乳をして少しでも自分の身体が休めるようにしていました。

結局この日、息子は夜の10時から朝の6時までの間に、6回も泣きました。当然私はほとんどまともに眠ることができず、翌朝はふらふらです。

一方息子は、意外にもにっこり元気に起床しました。にこにこ笑顔でハイハイをし、体調が悪いようには見ません。「具合が悪くて泣いていたわけではないんだな。やはり暑かったり寒かったりするから寝苦しかったのかな。」と私は理解しました。

それから一週間、夜間に泣く度に私は息子の体温調整や部屋の温度調整に気を配りました。「ちょうどいい気温や服装が見つかるはず」と思っていました。

しかし二週間目に入っても、三週間目に入っても、まだ息子は泣き続けました。

この頃には寝不足が続きすぎて、今考えれば「私の精神状態はちょっとおかしくなっていた」と思います。

加えて、この2ヶ月ほど前から、4才の娘が「トイレに行きたい」と夜間2~3回起きるようになっていました。「暗くて怖いから、一緒に来て」とトイレまでついて行かされ、トイレから布団に戻る頃にはしっかり覚醒してしまう自分がいました。

ふたたび寝つくのに時間がかかり、うとうとしかけた頃に今度は息子に起こされて授乳をしていました。つまり夜は、こども二人に交互に30~1時間ごとに起こされていたような状況です。

では日中に休めばよいかというと、そうもいきませんでした。娘を幼稚園に送り出すために、朝早く起きてお弁当を用意しなくてはなりません。娘が帰宅する2時までに、掃除、洗濯、食材や備品の買い出しを済ませます。そうするとあっという間に娘が帰ってくる時間です。

幼稚園バスで2時に娘が帰宅すると、そのままマンションの近所で夕方5時近くまで外遊びです。帰宅する頃には娘はお腹がぺこぺこです。そのため、なるべく午前中に夕飯の準備もしていました。

夕飯後も、お風呂、歯磨き、絵本やゲームをしてからの寝かせつけと怒濤のように続き、休む暇などまったくありませんでした。

こんな生活をしていたので、そもそも夜間にまともな睡眠がとれないまま2〜3ヶ月が経過していました。そのせいで思考が柔軟性や客観性を失い、「ちょうどいい気温や服装がわかれば朝まで寝てくれるようになる」という最初の考えを修正できなくなっていたようです。

いま思えば、家事や食事のメニューなどにもっと手を抜ける箇所があったと思います。しかしこのときは思考が凝り固まっていて「◯◯しなければならない」と思い込んでいました。

もともとまじめな性格に拍車がかかってしまったのでしょう。軍隊が任務を遂行するかのごとく、日々を過ごしていたように思います。

 

乳首に白班ができる

やがて乳首のトラブルが発生しました。

授乳の回数が多くなっただけでなく、何時間も乳首を吸わせたままになってしまうことが毎晩のようにあったからです。寝ついた息子の口から乳首を抜くとまた泣かれてしまうので、抜くに抜けなくなっていました。

その結果「乳首の靴連れ」ともいえる「白班」が出来てしまいました。また乳首の皮に負担がかかり、ただれたようになっていました。

ここでようやく「乳首のケアをしてもらなくては」と思い、近所で開業している母乳外来をネットで捜しました。娘のときにお世話になった信頼できる助産師を知っていましたが、そちらへは電車を乗り継がなくては行けません。私の体力は限界に近く、「とにかく近いところを」という必死の思いでした。

幸いにも、自転車で10分ほどの距離に母乳外来があることがわかり、さっそく予約の電話を入れました。

今思えば、これが夜泣きを終わらせる運命の一歩だったといえます。

 

「夜泣き」だと気づかされた

母乳外来の助産師さんに、息子が何度も夜中に泣くことなどの経緯を伝えました。このとき私はまだ「体温や室温の調整が必要」と思い込んでいました。だから、この時期は「どれくら着せていればちょうどよいのか」を聞こうと思っていたくらいです。

様子を聞いた助産師さんは一言、「ああ、それは夜泣きだね」と言いました。

このとき私はまさに「目からウロコが落ちた」気持ちでした。「そうか!ずっと体温や室温の問題だと思っていたけれど、これは夜泣きだったんだ!! 頑張るポイントが間違っていたんだ!」と、新しい視界が開けた感覚でした。

このおかげで私は夜泣きの対策として夜間断乳をすることにし、まともに眠れる生活を取り戻しました。

 

寝不足は大敵

出産前からこども発達相談の仕事をしていた私は、当然ながら「夜泣き」の知識をもっていました。夜泣きで悩むお母さんたちに、対応の助言をしていたくらいです。

だから実は、夜泣きの対応方法はある程度知っていたのです。しかし不思議なくらいにいま自分に起きていることが「夜泣き」だとはわかっていませんでした。

深刻な寝不足により、的確な「思考能力」や「判断能力」が極端に低下していたのです。

「夜泣きは時期が過ぎれば終わるから大丈夫」という言葉を巷で聞くことがあります。しかし、ただ耐えていても終わらないことがあるのです。

まわりのご家族に向けてぜひ伝えたいのは、「この時期の子育ては眠れなくて当たり前と思わないでほしい」ということです。本当にママが倒れてしまってからでは、家族中が大変になります。

問題は精神面だけではなく、体力面にも及びます。私はこのあと甲状腺機能が落ちてしまい、一ヶ月程完全に寝込む事態となりました。夫が可能な限り家事をしてくれましたが、それだけではまわらなかったのでヘルパーさんを雇って乗り切りました。

私自身の反省点としては、「もう自分が限界だ」というサインを家族にきちんと出せていなかったことです。もっと早く夫をはじめとした家族の助けを頼むことができていれば、「倒れるまではいかなかったのでは」と思います。

「まわりの助けを上手に借りる術は、育児においてとても大切だ」と身をもって体験しました。

夜泣きは正しい対応法(夜間断乳)により改善することが可能です。また、夜泣きの原因となっている要因を取り除くことは、今後の育児にとってとても大切なポイントとなります。