娘の突然の卒乳

私の娘は、1才になった直後に突然卒乳をしました。ここでは、私の娘の卒乳体験談をお話ししましょう。

断乳はママが日付を決めて母乳を与えるのをやめることですが、卒乳は子どもが自ら母乳を飲むのをやめることを指します。一般的な卒乳は、子どもが母乳への興味を徐々に失い、授乳回数が段々と減り、最終的に必要としなくなるというパターンを辿ります。

理由としては、ママの生理が再開や新たな妊娠により母乳の味が変化するらしいこと、ママの母乳分泌量が落ちること、母乳と粉ミルクの混合乳の場合はミルクの方が好きになること、心の成長に伴い外界への興味が増したり気持ちを落ち着かせる術をおっぱい以外に見いだしたりすること、などが挙げられます。

しかし娘の場合は、それまで一日5回以上飲んでいたのに、突然の卒乳してしまいました。その後の乳房ケアに通った助産師さんに聞いたところ、このように突然卒乳をするケースは珍しいそうです。

私は娘の卒乳を通して、1才前後の子どもが周囲の言葉や状況をいかに理解できていて、しかも自分なりに感じたり考えたりしているかを実感し、言葉を介したコミュニケーションの大切さを再確認できました。

 

母子の体調不良

娘が生後9ヶ月のときに、私の父が病気で他界しました。病気が発覚したのは私が臨月のときであり、出産の3日前に脳の手術を行いました。闘病生活を経ての別れだったのである程度覚悟はできていましたが、それでも父が亡くなって1ヶ月経つ頃から私はかなりうつ状態となりました。

うつ状態になると、身体にも影響が及びます。毎日必死で育児をしながら、母乳を与えることが身体に大きな負担になっていると感じていました。

そこで、ちょうど離乳食が軌道に乗りはじめた時期だったので、意識的に授乳回数を減らすことにしました。娘が11ヶ月になったころには、授乳は午前と午後のお昼寝前に1回ずつと、就寝前の1回の3回となりました。

ところが、お誕生日月に娘が突発性発疹にかかってしまったのです。

突発性発疹とは、生後6ヶ月〜12ヶ月ごろが好発期のウィルス性皮膚炎です。39℃前後の高熱が3~4日間続いた後、小さな淡紅色の発疹が胸やお腹などに発症すします。また、特徴的なこととしては、高熱なわりに子どもが元気で機嫌よい一方、解熱後の3〜4日間は非常に不機嫌になります。もしかしたら湿疹が痒くて不快なのかもしれません。

娘もこの特徴通り、解熱後はとても不機嫌になり、一日中抱っこを求めてきました。また離乳食を嫌がり、母乳を多く欲しがりました。このような流れで、せっかく減らした授乳回数が再び一日5回以上に増えてしまったのです。

しかしもともと心身ともに体調が優れない私にとっては、看病生活の疲れに加えて授乳回数の増加はさらなる負担でした。

幸いなことに、このような状況でも娘の発達は順調で、基本的にはご機嫌がよく、人が大好きな明るい子どもでした。1才前に指差しで意思を表示をし、「結んで開いて」などの手遊び歌のジェスチャーを覚えて一緒に遊べ、誕生日の3日前にひとりで歩けるようになりました。

この健やかな成長にどれだけ心が救われたかわかりません。うつ状態にあった私は、娘が初めて歩く姿がとても嬉しいと感じると同時に、涙がぼろぼろとこぼれ落ちるような精神的に不安定な日々でした。

 

ママの苦しみを理解した娘

このような状態のとき、近所のショッピングセンターのキッズスペースでママ友に偶然会いました。ひと月違いの娘をもつママ同士、「断乳について考えてる? それとも卒乳を待つ?」という話題になりました。

そこで私は自分の状況を伝え、「本当は授乳を1日1回くらいまで減らしたかったのに、娘が突発性発疹になったせいでまた増えてしまったの。身体にとってはかなりきついんだよね。また少しずつ回数を減らすのに一ヶ月以上かかるだろうな」と話しました。このとき娘はそばで遊んでいただけだと思っていましたが、あとで考えれば会話をしっかりと聞いていたのです。

ママ友と別れたあとはちょうど授乳のタイミングだったので、授乳室に入りました。いつも通りにおっぱいをあげたのですが、2~3回吸ったと思ったら娘はぱっと口を話して、じいっと私の目を見つめてきました。

「どうしたの? 飲まないの?」と言いながらまたあげようとしましたが、娘は顔を背けて飲みませんでした。今はまだお腹が減ってないのかなと思い、帰ってからまた授乳することにして授乳室を出ました。

このときはまったく思いもしませんでした、これが娘への最後の授乳となったのです。

 

卒乳の苦しみ

帰宅後も娘はおっぱいを飲みませんでした。どこか体調が悪いのかなと思いながら夜を迎え、いつも通りに授乳をしながら寝かせつけようとしたのですが、やはり飲みません。

しかも娘は大きくのけぞりながら大泣きをし、抱っこを求めるので抱っこをすると今度は降ろせと言わんばかりに暴れ狂いました。私はなにが起きたのかわからず、暴れる娘を抱っこしたり降ろしたりを繰り返しました。もう2人とも汗だくです。

「どうして飲まないのかわからないけど、おっぱいを飲めば落ち着いて静かになるはずだ」と思って、泣き叫ぶ娘を羽交い締めにして口に乳首をあてがいました。娘は一瞬乳首をくわえそうになりましたが、はっと我に返るように再びのけぞって大泣きをしました。

この瞬間、娘がおっぱいを飲むことをやめる決意をしたんだと、私は気づきました。

しかも本当は飲みたいのに、必死で飲まない努力をしている。

この子は今日私がママ友と話していたことを聞いてちゃんと理解していたんだ。

ママがつらいなら、もうおっぱいは飲まないと決断したんだ。

そう悟りました。こんなに小さいのに、私を思いやって泣き叫びながら本当はおっぱいが欲しい気持ちを耐えている。その姿に私も涙があふれてきました。

娘に対して申し訳ない気持ちでいっぱいになり、「飲んでもいいんだよ? ママ、頑張るから。大丈夫だから。そんなにつらいなら飲んでもいいんだよ」と声をかけ、また母乳をあげようとしましたが、やはり娘は拒否しました。

自分がつらいからといって娘の決意を曲げようとするなんてなおさらかわいそうだと気づき、私も娘の卒乳を受け入れました。本当に胸が張り裂けそうな夜で、この記事を書くために思い出すだけで涙が出てきます。

この晩は、2人で1時間半くらい泣いたように思います。最後は泣きつかれた娘が、私の腕の中で眠りに落ちました。

 

コミュニケーションの大切さを改めて実感

翌日以降、娘が母乳をほしがることはありませんでした。なんとも潔い卒乳です。このきっぱりとした性格は、小学生になったいまでも同じです。

私はこの体験以前に臨床心理士として多くの乳幼児の親子と接してきて、1才前後の子どもにどのくらいの知的な能力が備わっているのか、わかっているつもりでした。でも、子どもの心がどれだけ大きくて深いかを本当にはわかっていなかったんだと、娘の卒乳を通して思い知りました。

1才前後でも、一人前の人間として関わることが大切です。これは、言葉を使って気持ちを伝え合うコミュニケーションを意味します。

私はこの日以降、娘に何度も感謝の言葉を伝えました。

「ママがつらいと言っていたから、おっぱいをやめてくれたんだよね。

ママのことを想ってくれて、ほんとうにありがとう。

あなたはとっても優しい子だね。

大好きだよ」

などと言いながら、ぎゅうっと娘を抱きしめました。

振り返れば、娘の気持ちを代弁したり誉めてあげたり遊び相手をしたりすることはあっても、私が自分の気持ちをつたえることはあまりなかったと気づきました。とくに、自分の父が他界したことで落ち込んでいることは伝えていませんでした。どちらかというと、娘の前では努めて明るくふるまっていたはずです。

でも娘は、ママの様子がどこかおかしいことにちゃんと気づいていたのです。その漠然とした不安の正体を、ママ友との会話で理解しました。そして自分の意志でママを助ける決断をしたのでしょう。

この時を境に、私は無理をするのをやめました。

たとえば、娘が外出したがったとき、身体も気持ちもしんどくて行く気がしないときは「お出かけしたいんだね。でもごめんね。ママいま悲しい気持ちなんだ。おでかけする元気がないから、一緒にお家でごろごろしようか」と抱きしめながら伝えるようにしました。以前なら、娘が外出したがっているのだからと身体にむち打って外へ出ていたかもしれません。

このように自分の素直な気持ちを意識的に娘に伝えるようにしたことで、母子の絆がぐっと深まったと感じます。

こころが張り裂けそうになりながらも卒乳を実行した娘が私に伝えたかったことは、「ママ、自分のことも大事にしてね。その方が私も嬉しいよ」というメッセージだったのだろうと思います。卒乳体験を通して娘の心の成長を知ることができたことに、感謝しています。